Evidence Based Healthcare Council
「糖尿病についての全国意識調査 2009」の分析結果について

はじめに

現在日本で「糖尿病が強く疑われる人」(HbA1C 6.1%以上)約890万人、「糖尿病の可能性が否定できない人」(HbA1C 5.6%~6.0%)は約1320万人に上ると推計されているが、強く疑われる人のうち受療しているのは55.7%のみとされる(平成19年度国民健康・栄養調査)。
同じ調査で、医師から糖尿病(血糖値が高いなども含む)と言われたことがあると回答した人のうち現在治療を受けているのは50.8%であった。糖尿病は一度診断されると通常はその後も受療の継続が必要な疾患である。また、日本糖尿病対策推進会議では国民向けのリーフレットを作成し、血糖値が高いと言われたことがある人は早急に精密検査を受け、適切な治療を受けるよう呼びかけている。にもかかわらずこのように受療率が低い背景には、国民に届いている糖尿病情報の問題と糖尿病診療に対する異議や不安が考えられる。
「本来医療機関に来るべきなのに来ていない、地域の潜在患者」へのアプローチに活用するため、今回これらの点について調査を行うこととした。

調査対象・方法

2009年5月~11月の間に北海道から九州の7健診機関の受診者に対し、「糖尿病についての全国意識調査2009」として、血糖値の異常を指摘されたことがある場合に回答していただくよう依頼した。
各機関の倫理基準を遵守し機関の状況に応じた配布方法で対象期間の受診者全員または過去の健診結果から耐糖能異常の疑いのある受診者に質問紙を配布し、郵送もしくはインターネット入力により回収した。
健診結果中のHbA1Cと血糖値の参照については、本人が同意しIDを申告した場合にのみ行った。
 
結果解釈とまとめへ

7健診機関の合計約7万人に質問紙を配布し、2758人から回答を得た。平成19年国民健康・栄養調査結果から30~60歳代の糖尿病が強く疑われる人と可能性が否定できない人の割合20%程度から推計すると、血糖値の異常を指摘された可能性がある受診者が最大14,000人で、そのうち5人に1人が回答したことになる。
2758人の回答のうち、年齢もしくは性別の回答漏れがあったものと、1型糖尿病者を除いた2694人を最大の解析対象とした。

本調査の対象が職場健診を主とする健診機関の受診者であることを反映し、調査参加者の属性は国勢調査や国民健康調査より高齢で男性が多く、職業も常勤の被用者と会社役員・管理職で84.4%を占めた。
肥満者の割合は、平成19年度国民健康・栄養調査(以降「健・栄」)の成人全体の結果より高く、50~59歳男性の結果とほぼ同程度であった。現在の喫煙割合は男女比を考慮しても「健・栄」より低く、運動習慣のある人は「健・栄」より高かった。
何らかの理由で医療機関を定期受診している人が47.8%で、そのうち糖尿病や血糖値が理由である人は496名(38.5%)であり、これは、後の質問で「高血糖を指摘されてからの状況」として「3ケ月以上通院中」を選択した499名とほぼ同数であった。また、糖尿病の家族歴のある人が38.5%であった。
調査方法から選択バイアスが考えられ、回答者は健診受診者全体の中で特に「健診結果をよく確認している」「糖尿病や健康に関して興味がある」「質問紙に回答する時間(30分程度)と心の余裕がある」という特徴を有する可能性がある。


回答者2694名のうち1719名(63.8%)は同意を得て、昨年の健診結果と照照し、その結果、1719名中714名(41.5%)が糖尿病の可能性を否定できない値とされるHbA1C5.6%以上であったことを確認した。その他の6割は2年以上前に異常を指摘されたことを記憶していた可能性がある。
 
 

糖尿病に関する知識は、「健・栄」と同じ質問で比較すると「健・栄」の20歳以上全体の正答割合よりやや高かった。HbA1C(ヘモグロビン・エー・ワン・シー)については、言葉自体聞いたことがあると答えた人が38.1%であった。
糖尿病に関する情報を自分で探さないと答えた「情報受動者(仮)」は58.1%であったが、探すと答えた「情報能動者(仮)」は36.9%であり、インターネット、テレビ・ラジオから糖尿病に関する情報を得ていた。
現在の通院状況の別でみると通院中者の3分の2が情報能動者であるのに対し、未受診者では3分の2以上が情報受動者であるため、未受診者に情報を届けるには日常生活の中で自然に受け取るような方法を考慮する必要がある。
一方、全員に尋ねた情報源の信用度の高さは、メディアは新聞、テレビ・ラジオ、インターネットの順であった。情報受動者は、インターネットの信用度が情報能動者より低かったが、新聞、テレビ・ラジオについては大差がなかった。
 

 

また、必要と思う情報については、知識の質問の正答割合が高い割には「糖尿病とはどんな病気なのか」など基本的な情報や食事・運動に関することの選択割合が高かった。情報受動者で比較的選択割合が高かったのは「糖尿病とはどんな病気なのか」「糖尿病について相談できる窓口はどこか」であった。
 

 

「血糖値が高いと指摘されたり、治療を勧められた場合、自分はどちらのタイプと思うか」質問したところ、「いますぐ治療を始めるタイプ」が56.9%、「治療を先送りにするタイプ」が40.4%であった。タイプ分けについては今後の検討課題としたい。
回答者の71.2%が、健診か人間ドックで異常を指摘されており、その際、このうち70.3%が「血糖値が高い場合には、改善する必要があることを知っていた」と回答している。一方「血糖値に関してよく知らなかった」と答えた人は21.8%であった。
「すぐに受診して必要なら治療しよう」と考えた人が21.1%おり、「自分で生活を工夫し、様子を見てみよう」と考えた人が44.5%いた一方で、「糖尿病と診断されたくない」「制限だらけの生活をしたくない」「薬を飲んだり通院をしたりするのは嫌だ」と消極的な気持ちになったと答えた人がそれぞれ約3分の1程度いた。
職場において「医師や保健指導者の指示に従うよう義務付けられている」と答えたのは25.9%にとどまり、「受診や治療のために仕事を休みにくい状況である」と答えたのは19.4%であった。結果的に受診に至ったのは52.7%であり、「受診しようと思ったが忘れていた」のが11.6%、「受診しようとは思わなかった」と答えたのは28.4%であった。
結果的に受診に至った人とそうでない人を比較すると、受診した人では「血糖値が高い場合には、それを改善する必要があることを知っていた」「職場では治療や生活改善など、医師や保健指導者の指示に従うよう義務づけられている」「家族から治療や生活改善などをすすめられた」人が多く、受診しなかった人では「血糖値に関してよく知らなかった」「血糖値が高くても、今は元気なので大丈夫」「自分で生活を工夫し、様子を見てみよう」「薬を飲んだり通院をしたりするのはいやだ」「受診や治療のための費用がかかりそうだ」「職場は受診や治療のために仕事を休みにくい状況である」の選択割合が高かった。
 

 
 
現在の通院状況については、「通院中」が22.7%( ① )、受診や通院歴はあるものの現在通院していないのが18.9%(②)、「医療機関へ行ったことはない」が45.5%であった。
①と②が受診した医療機関は約4分の3が内科であり、その際の診断は「糖尿病」が29.3%で「境界型糖尿病」「血糖値が高めである」などが62.6%であった。
その後の通院に関する指示としては、継続通院を指示されたのが約半数いる一方で、約3分の1は「自分で生活習慣に注意して、継続通院は不要と言われ」ていた。
診断の内容別にみると、糖尿病と診断された人は83.2%が継続通院を指示されているが、境界型などと診断された人では継続通院指示割合は39.2%であった。
継続通院の指示を受けた人の85.0%が現在も通院しており、指示に反して通院を中断しているのは15.0%であった。
通院不要と言われた人の87.3%が現在は通院していないという結果であり、医療機関での指示がその後の行動に大きく関わっている。
 

 
 

通院の妨げ要因としては、「待ち時間が長い」と「時間がない」を選んだ人がそれぞれ3割いた一方で「家族の協力が得られない」や「周囲の人の理解が得られない」「担当医あるいは他の医療スタッフとの相性が悪い」については3%未満と少なかった。
通院中の人と通院指示にもかかわらず中断している人とで比較すると、「待ち時間が長い」の選択割合には差がなく、中断者で多かったのは「時間がない」「わずらわしい」「調子がよく、症状がない」「一度、通院が途切れた時に次に受診しづらくなる」であった。
 

 
 
 
受診したことのある人(①②)のうち、検査結果について説明があったと答えたのは81.5%であり、そのうち94.2%が内容を「覚えている」「一部覚えている」と答えた。
食事療法についても「説明があった」が77.9%でその内容記憶は96.2%と同様であったが、「食事療法をしていますか」という質問には、「6ヵ月以上続けている」という変化ステージ(注1)維持期にある人が38.2%で「始めて6ヵ月以内」という行動期が8.7%、「すぐに始めようと思う」という準備期が6.8%、「始めるか迷っている」という熟考期が14.1%、「始めるつもりはない」という前熟考期が5.7%であった。「説明があった」と答えた人では半数以上がアクションステージ(維持期・行動期)であり、プレアクションステージ(準備期・熟考期・前熟考期)にある人を大きく上回った一方で、「指示されていない」と答えた人が12.0%おり、説明を受けても指示はされていないと考えている人がいることがわかった。
食事療法の妨げ要因としては、「食欲を抑えることが難しい」を約半数が選んでいたが、特にプレアクション群がアクション群より多く選択していたのは「食事管理の方法について知らない」「調子がよく、症状がない」「わずらわしい」であった。調子がよく症状がなくても食事療法が必要であり、その方法についてきちんと理解できるよう説明する必要がある。
運動療法については「説明があった」のは66.9%であり、その内容記憶は97.6%であった。「運動療法をしていますか」に対して、維持期40.4%、行動期9.9%、準備期7.8%、熟考期16.3%、前熟考期4.3%であり、「指示されていない」が16.8%であった。
説明の有無と変化ステージについては、食事療法と同様の結果であった。運動療法の妨げ要因としては「時間がない」が最多で41.3%が選択していたが、特にプレアクション群では「時間がない」「わずらわしい」の選択割合が高く、気軽に取り組める運動療法の提案を検討する必要がある。
(注1)変化ステージとは、禁煙の成功に至るまでの各段階をモデルとして提唱されたものである。まったく行動を変える気がない「前熟考期」から、まだどうするか迷っている「熟考期」、近々始めようと思っている「準備期」、既に始めているがまだ日が浅い「行動期」、6ヵ月以上続けている「維持期」に分かれており、各段階に適切な援助方法があるとされる。現在は禁煙に限らず、望ましい健康行動の獲得と維持に至る各段階として広く応用されている。
 

 
 
 

薬物治療については「説明があった」のは37.9%であり、その内容記憶は「覚えている」が71.9%と食事・運動より高く、「一部覚えている」が24.8%であった。
「指示された通りに飲んでいる」のが33.8%、「指示されたがその通りには飲んでいない」のが2.9%であり、合わせて411人であった。内服の妨げ要因は「忘れる」が最も多く24.3%であり、「経済的負担が大きい」「1日に薬を飲む回数が多い」の選択率はそれぞれ10%程度であった。
インスリン治療については、「指示されている通りに行っている」が50人、「指示されたがその通りにはしていない」が4人であり、妨げ要因としては、「わずらわしい」の選択率が最多の31.5%で、5分の1程度が選択したのが「人前でインスリンを打つことは恥ずかしい」「経済的負担が大きい」「1日に注射をする回数が多い」であった。
糖尿病の飲み薬やインスリンの副作用について説明を受けたことがあると答えたのは①②のうち約4分の1で、内服薬治療を受けている411人中61.3%、インスリン治療を受けている54人中79.6%であった。
経験した症状としては「おならの回数が増えた」が最多で100人、続いて「おなかが張った」が59人、「冷汗がでた」が45人だった。
「薬を飲んだ後に、上記のような症状がある時は主治医に相談しますか」に対しては、「いつも相談する」が44.1%、「相談しない時もある」が35.5%、「相談しない」が16.6%であり、相談しない理由としては(MA結果採用)、「前もって副作用の説明をされているから」が最多で34.4%、「副作用かどうかわからないから」が24.5%、「我慢できるくらいの症状だから」「様子を見てからと思うから」がそれぞれ約20%程度であり、「主治医に相談しにくいから」「薬について自分で調べると、わかるから」はそれぞれ2人、1人であり、「主治医以外の医療者(薬剤師や看護師)に相談するから」は1人もいなかった。
 

 
 
 
最後に、「医療機関に行ったことがない」1227人に対して、最初に医療機関に行くように勧められた時期を尋ねると、1年以内が20.7%、1年~5年が20.9%であったが、「血糖値について、これから医療機関で診察を受ける予定」があるかどうかについては、9.0%が「これからすぐに診察を受けるつもりである」、30.4%が「診察を受けようと考えているが、まだ迷っている」と答えた。このような調査を行うことで再考を促し、受診につながる可能性を示唆している。
 

 
 
 
今回の調査では、健診などで血糖値異常を指摘されたことのある人のうち、約半数が医療機関を未受診で、通院を続けているのは約4分の1であることがわかった。
全員に継続通院が必要というわけではないが、異常の指摘から最初の受診、その後の定期通院という一連の経過の中に存在する促進要因と阻害要因の手がかりが得られた。
HbA1Cや空腹時血糖値が正常範囲(5.6%未満、110mg/dl未満)を超えていても、機関独自の基準により、生活習慣改善の指示のみで医療機関受診を勧めていないことも一因と考えられる。
今後この一連の経過の実態とともに各要因をさらに明らかにしてゆく必要がある。その際にはインタビュー調査などの質的調査も有効であろう。


謝辞・・・
本調査の実施に当たっては日本糖尿病協会と京都大学大学院医学研究科糖尿病・栄養内科の稲垣暢也教授にご支援、ご指導を頂きました。この場をお借りして感謝申し上げます。


京都大学大学院社会健康医学系健康情報学分野 中山健夫
同 糖尿病・栄養内科 池田香織、高原志保
甲南大学経済学部 後藤励
 
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